シマ3日目
前日までの予報の通り、朝から大雨。昼前に起きて、大雨の中壊れたキャリーケースで出発するりょうへいくんを見送った。
二度寝したり、娯楽室でだらだらしたり、この旅で初めてゆっくりひとりになった。
ゆっくりしていると部屋の掃除にお母さんがやって来て、やることもないのでシーツを敷いたり手伝った。お母さんは気さくで飾っていない感じがして、関西育ちのシマンチュ。関西弁なので話がちゃんとわかるし、ほっとする。
「今日はゆっくり休みなさい。ここはよく眠れるから。一人になるのがいいよ。あなたみたいな子は奄美に住むのが一番いい。ここで住みながらコンビニでバイトしたら?」
お母さんが話す言葉があたしを手に取るように理解している感じで、その予感は的中。
正直春から環境をすべて変えるつもりでいたので、自分を一度リセットするための旅でもあった。
「奄美に住むのは結構いいかも。すごく空気が肌に馴染むというか。でも今年は実家に帰ることにしたんです〜。」
「実家?ああ、お母さんと妹さんいるんやね。そうやねぇ、今年は滋賀でゆっくり頭の整理をして人生をどうしていきたいか考えなさい。それで奄美に来たらいい。」
家族のことは何も話してないのに母と妹の存在を当てられてしまった。びっくりしていると、心霊体験治療所のことをたくさん話してくれた。世の中には、原因不明で身体の一部が腫れてしまったり、不幸ごとばかり続く人、自分を誰かに乗り移られた感覚がある人なんかがいて、霊によってそうなってしまう人たちをお母さんは治療しているんだとか。治療といってもそれらしい儀式をするわけでもないらしい。でもお母さんが霊を祓うと、目の前で身体がみるみるいい方へ変わっていくんだそう。口コミを頼りにたくさんの人が遠方から来られるらしいけれど、お金は一切もらわないのがお母さんの中の決まり。
「仕事としてはやらない。人が幸せになれることを教えるのが大好きなだけ。」
そう話すお母さんの眼差しが優しくて、あたしはぼろぼろ泣いた。
あたしは人に出会った瞬間や、すてきな場所にいたとき、何度か体の底が震えるような感覚になったことがある。今まで出会った人のなかでいちばん、体の底が共鳴していた。ちなみに場所部門は、沖縄の斎場御嶽だ。懐かしくて安心して、なぜだか涙が止まらなくなる。そんな貴重な体験と、安いから予約した宿で遭遇するんだから旅はふしぎ。
すっかり泣ききって、お母さんに昼寝を勧められたのでまた眠る。目が覚めた時、大雨が止んでいたので浜辺にでた。昨日とは違って波は大荒れ、海のいろんな顔を見れた気がする。集落を散歩して、近くのスーパーへ。店に並ぶものが全然違うから、旅先のスーパーが好き。島豆腐と、見たことないくらい大きな鯖の昆布締めのお惣菜を買った。宿でごはんを食べながら転職のことをしたあと、レンタカーを予約した。でも気分屋のあたしはどうなるかわからないので、とりあえず1日。
車を借りに宿を出たとき、今日から泊まりそうな女の子と、送りに来たであろうシマのお兄さんを見かけた。近くにいたお兄さんにだけ挨拶をした。車を借りたらもう夕方だったけれど、とりあえず適当に海沿いを走って山を上がってみると、ベストタイミングの夕陽が海岸から迎えてくれた。着いたそこは大浜海岸というところで、シマの中でも大きくて有名なビーチだったみたい。浜に座って夕陽の中でぼんやりしていると、遠くからさっきのシマのお兄さんと女の子が歩いてきて、お兄さんがあたしを見つけてびっくりしているのが遠目でわかった。女の子のななちゃんは、出ていったあたしに気づいていなかったらしいけど、話を聞くと旅行の日程も、行きの飛行機も、昨日加計呂麻島にいたことも、全部同じだった。ずっと近くで行動していたらしい。お兄さんのこうたろうくんはシマ在住の友達で、ななちゃんに奄美を案内していた。さすがに一人ではやる気にならなかったマンブローブシーカヤックに、明日一緒に連れていってもらえることになって、浜辺で小躍りした。あたしは本当にどこ行っても人に恵まれる。
車が別だったのでそのままあたしは先に宿に帰り、グラノーラを食べたりアキラくんと話したりしてゆっくり過ごした。しばらくするとななちゃんが帰ってきたので、お互いのことなどを2人で初めて話した。ななちゃんはあたしの向かいの部屋で、時間の約束だけして眠った。