ライフ イズ プレゼント
ここ最近は書けるネタはないものかとぼんやり浮かんでくるのをひたすら待ってたんやけど、まあ、ない。とりあえず書いてみる。
ネタがないのはいい意味で試行錯誤する感情と距離が置けていて、毎日キティちゃんみたいな気持ちやからと思う。
「体重?りんご3つぶんヤデ★」とか言い出してしまいそうなくらい、穏やかな日々。
電車の車窓に映る自分の目元が穏やかすぎて、自撮りした。笑える。
この状況にやっと順応できつつある。いい意味で諦めがついたこともある。
世界中で様々な断捨離が起きている最中、心配事など考えればわんさか出てくる。
ごみ捨てに行ったら、近所の腰の曲がったばーちゃんが「ごみだけは増えるわあ」と笑いながら言っていた。
戦時中から今日までを生きてきた人は強い。
この疫病は戦争だと言っている人もいる。
実際に経済に及ぼす影響は、戦後と同じくらいだったりするらしい。
ネカフェ暮らしを追い出され、仕事もなく公園暮らしを3週間余儀なくされている方の記事も読んだ。
ありがたくも、私は今日も働くことができている。
だからこそ言えるのかもしれないけど、この疫病は戦争なんかと全然違う。
爆弾が降ってくるわけでも、大切な人に赤紙がやってくるわけでもない。
できないことは増えたけど、「おうち時間」なんて言えるぐらいの状況の人が戦争と言ってしまうなんて、いま生きているこの瞬間がもったいなく思える。
ここ最近は、そんなことを母とよく話している。
母はサービス業で自宅待機真っ最中なので、この先はどうなるかわからない。
しかしながら長年できなかった祖母の遺品整理にとりかかったり、ドラマ観まくり3時就寝12時起床の昼夜逆転を極めている。
先週末はケーキを1人3個ずつ買って食べた(母ダイエット中)。なんと健やか。
毎日生きることを全身で楽しんでいるように見える。
この星に住む者として、今は静かに過ごすことが最優先。
でも、いつ死ぬかわからないのはいつだって同じだった。
Presentは「今」と訳せるように。
生きている限り、人間は生きる意味を探す。
本当は生きる意味や使命なんてなくてもいいと思う。
でも私もそうであるように、いちいち意味を求めてしまう。
私は身体や心からどうしようもない感情が溢れ出たとき、「生きている」と感じる。
その感情は、美しいときも醜いときもある。
心が震えたときは、きっとしっかり命を使っているのだと思う。
「生きてるだけで丸儲け」とさんまさんが言うならば、
「生きる意味を感じてる私、最最高」って感じかな。
生きる意味、あの人にだけ話したけどこれは美しすぎるおしゃべりなのでひとりじめする。
私もあの人も、みんなみんな神。(雑なクロージング)