呼吸器のようなもの

滋賀生まれ射手座。日々感じたことの備忘録。

シマ1日目

この日がやってきた。飛行機はお昼ごろ。

めずらしくパッキングは前日に済ませていたこともあって、寝坊してももはや余裕がある気持ちくらい。ぱぱっと用意を済ませて、旅行用の小銭入れにお金を移す。旅はいつもバックパックだから、ゴーヘンプのジーンズのポケットに小銭入れで済ますようにしている。出雲大社高野山奥之院、那覇のユタさんのそれぞれお札に手を合わせるのが旅行前の恒例。大阪は寒かったけれど、奄美はすでに桜が散っているらしかったので、荷物を減らすために薄着で家を出た。

 

関空に着く。チェックインカウンターで英語で話しかけられる。日本語で返した後の、あのなんとも言えない空気に誰か名前をつけてほしい。予想していたけれども、バックパックが機内持ち込みの規定をやすやすオーバー。バニラエアの無料持ち込みは7キロまで。1.5キロオーバー。惜しい。追加で2000円だと思ってたら、空港手数料でもう2000円かかった。ネットで事前申し込みをしていたら2000円で済んだらしい。悔しい。帰りは絶対ネットで事前申し込みをしようと誓った。座席は空いてたら当日窓辺に変更してもらおうと思ったけど、窓口での変更も有料だったので、仕方なく3列席の真ん中のまま。手荷物検査のとこでまた英語で話しかけられた。どこの人に見えてるんだろあたし。

 

飛行機に乗る。3列の真ん中。通路側には少し年上のお姉さん。窓辺はギリギリになっても空席だったので、「もしかして空いてる、、、?」とワクワクしていたらでかいおっさんが来た。がっくり。ところがおっさん、窓側までいくのが面倒臭かったようで「そのまま詰めてくれる?」と言ってきた。あたしは大喜びですぐ窓側に移った。でもそのせいでお姉さんがおっさんとあたしに挟まれることになってしまい、申し訳ないことをしてしまった。すぐ謝ると、お姉さんも初奄美のひとり旅だったようで、意気投合した。何も調べずに飛行機に乗っているあたし、そこで初めて奄美の移動はレンタカー必須と知る。旅を安く済ませたかったけど、ヒッチハイクはもう充分。どうしようかなーと考えていたら、お姉さんは空港でレンタカーを手配済みらしく、宿まで送ってくれることに。「こんなありがたいことはねー」としみじみしていたら、「明日は一緒に加計呂麻島に行こう!」と誘ってくれた。いつの間にやらツアーコンダクター付きの旅になってしまった。幸先よすぎ。

 

奄美に上陸。浄化の小雨で歓迎された。奄美はめちゃくちゃ雨が多いらしい。長袖シャツ一枚でちょうどいいくらいの気温。シマの人たちはダウンジャケットを着ててびっくり。

レンタカーに乗せてもらって、旅の始まり。お姉さんの名前はさわちゃん。すぐ近くのあやまる岬に連れていってくれた。降りるやいなや、大雨強風。ほとんど岬を堪能しないままさっさと移動。

つぎは奄美一の観光名所のハートロックへ。海辺の岩がきれいなハート型らしい。そのころには雨も止み、森を抜けて浜辺を歩く。そんなにきれいじゃないけど嬉しくなって裸足になった。お目当のハートロックは大波がかぶりまくっていて、どこにあるのかもわからず。浜辺であそんで早い夕飯を食べに行った。

龍郷にある島豆腐やさん。モリモリの定食に、豆腐とミキが食べ飲み放題。ミキは奄美の飲み物で、よく濾したお粥さんを甘く冷やした感じの飲み物。お墓にお供えしたりもするらしい。ふたりで「おいしいおいしい」と言いながら食べた。さわちゃんは食べるのがあたしより早くてびっくりした。あたしよりごはんが早い人はあんまりいないのだ。

その後はシマで一番大きいスーパー「ビッグⅡ」に寄って、明日の約束をして宿まで送ってもらった。

 

宿の看板の下には「奄美心霊体験治療所」という看板も付いていて、「あたしの好きなやつやん!」と嬉しくなった。あたしは見えないものが大好きなのだ。宿主のお母さんは地域の婦人会で不在だったので、お母さんが帰ってくるまで居間にお邪魔してお父さんに黒糖焼酎をいただいた。内地にもある「れんと」だったけれど。シマンチュのお父さんは若い頃は全国飛び回って仕事をしていたらしく、いろんな地域の話をしてくれた。半分くらいは方言で聞き取れなかった。宿に着いて早々に「奄美に住め」と力説されたりしているうちにお母さんが帰ってきて、宿のあれこれを教えてくれた。「奄美心霊体験治療所」もお母さんがやっているらしい。ぱっと見はシマのきれいなおばあちゃんだけれども、直感的に全てを見抜かれているように感じた。この話は後日。

 

宿の共有の娯楽室で、関西からシマに帰ってきたアキラくんと旅人のりょうへいくんに出会った。この日は満月が過ぎたばかりだったから、お風呂上がりに夜の浜辺をりょうへいくんに案内してもらって月光浴。暗くて見えなかったけど宿のある名瀬市奄美の中心地だから、海はそんなにきれいじゃないらしい。でもやっぱり海が嬉しくなって裸足で歩く。「港町の高校生ごっこみたいやねぇ」とかって話していた気がする。

 

夜がすっぽり深くなって、部屋に戻ってすぐ寝た。お母さんが用意していてくれていた布団は真冬仕様で、内地のあたしには暑過ぎたのが愛おしくておもしろかった。

 

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大波のハートロック